
私が9年間の米国滞在を終えて、日本に帰国したのは1985年でした。帰国後、通訳専門学校に勤務しているときに、あることがきっかけになり自分で学校を開こうと決心しました。自転車でぐるぐると都内を周り、場所を見つけ、自分でペンキ塗りをし、手書きのちらしを3000枚刷って、近所のポストに配って歩きました。イングリッシュスタジオの誕生です。
イングリッシュスタジオは、バブルも後押しをし、生徒の数は順調に増えて行きました。2年後には目黒校も開校し、私は鼻高々でした。その頃の私は、たいした教育理念等なかったと言えます。そして5年の月日が経ちました。ある日、学校に行ったところ、一人の小学生が授業が始まるのを待っていました。
私はいつもの様になにげなく「How are you?」と聞きました。その子は「I'm fine , thank you.」と答えましたが、なんとなく顔が赤いのです。ふっと気になり、おでこに手をあててみると熱いのです。熱があったのです。私は自分のして来た事にショックを受けました。
当時、保護者の方は「先生、家の子どもはとても良い発音で家で英語で歌を歌うのです。」などと喜んでくれていましたが、私は今までの役に立たない英語の暗記に比べると、ほんのちょっとだけ役に立つであろう程度の英会話を、結局は暗記させているに過ぎない事実を目のあたりにしたからです。その後5ヶ月間、「私は何の為に生まれて来たのだろうか? 何をするべきなのか?」を考え続けました。その結果出た結論が、「子ども達に英語を教えるのではなく、英語をツールとして、人間教育をしていきたい。」という気持ちでした。
それからの私は、世界の様々な教育法を研究し始めました。6人の教育者とチームを組み、一番最初の探究型プログラムを作成しました。子ども達が一人の人間として、しっかりした理念を持つべきテーマを様々な角度から見て行くプログラムの誕生です。 テーマは子どもの精神年齢の発達の度合いに合わせて選択されました。低学年の子どもは、まず自分について、家族について、地域についてなど身近なテーマから入り、そして熱帯雨林、水、コミュニケーションなどより大きなテーマに年齢と共に変わっていきます。
最近になって、イングリッシュスタジオを巣立って行った生徒達の活躍ぶりが耳に入るようになりました。
当時のアートのテーマがきっかけで、ロンドン大学で写真を専攻することを決め、今は尊敬していた米国の写真家に弟子入りをしているという話や、海洋の学習がきっかけで、現在イルカの研究をしている元生徒の話など、その頃の生徒達が「先生、自分の道を決めたのは、探究型プログラムです。」と言って社会に羽ばたいていく子ども達の様子が私にも届くようになりました。
英語は、コミュニケーションのひとつの手段です。英語を覚える事、学習する事から脱却し、英語をツールとして何を学ぶのか、将来を担う子ども達を育てるために、この点を考えていく必要があるのではないでしょうか。英語が話せるからと言って、決して国際人ではないのです。世界を形成する一人の人間として、自信を持って、異なる考えの人々とも手を取り合って、より素晴らしい世界を形成していく、そんな理念を持っている人が真の国際人なのではないでしょうか。
坪谷 郁子 プロファイル
イリノイ州立西イリノイ大学WESL修了。帰国後、イングリッシュスタジオを開校。「英語を」学ぶのではなく、「英語で」学ぶ学習スタイルを確立する。その後、国際社会に通用する人材の育成を目指し東京インターナショナルスクールを創立。2007年現在45カ国360名の子ども達が、IBPYP(国際バカロレア初等プログラム)およびIBMYP(同中等プログラム)に基づく探究型の学習をしている。
およそ20年に渡り、英語を通して生きることの意味を教える国際教育活動を続けており、株式会社日本国際教育センター代表取締役として、幼・小・中・高校の英語教育コンサルティングやNPO法人青少年国際教育促進協会での活動など、真の国際人育成に力を注ぐ。主な著書に、『英語のできる子どもに育てる』(講談社現代新書)、『絶対、わが子は「英語のできる子」に!』(PHP出版)。
[日本国際教育センター] http://www.jiec.org
[東京インターナショナルスクール] http://www.tokyois.com/
[イングリッシュスタジオ] http://www.englishstudio.jp/




